『万城目学』の名言│おすすめ作品ランキングと名言集

浪人生活突入が決定したとき、
私は何かしら人生が損なわれたように感じた。
成功をつかみストレートに大学に進学した同級生たちが、
キラキラと輝きながら一気に遠ざかっていく感覚。

人間は健康を損なったとき健康のありがたさを、
不自由を強いられたとき自由の尊さを知る。
浪人生ほど自由の価値を思い知らされる環境もない。

自転車に乗って大学の正門を出たところで、
正面から風が吹いてきた。
風は見事なくらい、何もない自分の真ん中を通過した。
その瞬間、この気持ちをどこかに書き残さないといけない、と思った。

常に何かをしなくてはいけない、
動かなくてはいけない、
とけしかけてくる東京とは正反対の街だった。
京都はいつだって何も言ってこない。

答えと結果が出ない時期と孤独が密接にコラボした場合、
これがなかなか精神に応える。
停滞感もたっぷりに、
こんなこといつまで続けるつもりなん?
と心の声のボリュームが大きくなったときには鴨川に足を運んだ。

五里霧中にある私に手を差し伸べたのは、やはり本だった。
霧が濃いのなら、空間を広げて、薄めてしまおうじゃないか──。
そんなことを言って、目の前に現れてくれたような気がする。

当時、新宿南口に紀伊國屋書店が大きく構えていて、
はじめて訪れたとき、
このビルすべてに本が詰まっているのかと圧倒された。
同時に、これほどたくさんの本があるのなら、
一冊くらい自分の本がまぎれ込んでいてもいいじゃないか、
とも思った。

2006年4月、第4回ボイルドエッグズ新人賞を受賞したデビュー作
『鴨川ホルモー』が刊行される。
大学の帰り道、自転車に乗りながら、
風を正面に受けてから10年目のことだった。
30歳の春、私は小説家になった。