小川洋子『博士の愛した数式』を読みたくなる名言10選│2004年本屋大賞受賞作

いつどんな場合でも、
博士が私たちに求めるのは
正解だけではなかった。

彼はこの世に背広以外の洋服があるのを
知らなかったのかもしれない。
他人がどんな装いを
しているかなど興味はなく、
まして自分の見かけにこだわって
無駄な時間を消費するなど
考えられなかったのだろう。

本当に正しい証明は、
一分の隙もない完全な強固さとしなやかさが、
矛盾せず調和しているものなのだ

自分たちで発明したのなら、
誰も苦労はしないし、
数学者だって必要ない。
数の誕生の過程を目にした者は一人もいない。
気が付いた時には、
もう既にそこにあったんだ

問題を作った人には、
答えが分かっている。
必ず答えがあると
保証された問題を解くのは、
そこに見えている頂上へ向かって、
ガイド付きの登山道を
ハイキングするようなものだよ

数学の女王と呼ばれる分野だね。
女王のように美しく、気高く、
悪魔のように残酷でもある

実生活の役に立たないからこそ、
数学の秩序は美しいのだ

それは数学の目的ではない。
真実を見出すことのみが目的なのだ

今振り返っても、
博士が幼い者に向けた
愛情の純粋さには、言葉を失う。
それはオイラーの公式が
不変であるのと同じくらい、
永遠の真実である。

博士にとっての永遠は、
普通の意味とは違う。
数学の定理が永遠であるのと同じように、
永遠なのだ。

人間の手の感触が伝わってくるかどうか。
しかも何かを表現しようという芸術家の手ではなく、
あくまでも必要なその形のために奉仕する、
裏方に徹した職人の手が。

私が心を奪われるのは、
こんなにも美しい形をしていながら、
その美が決して誰かに
見せびらかすためのものではない点である。
ガラスカラムは機械の奥にひっそりと潜み、
与えられた役目をただひたすら果たしている。

鉛筆はただ単に短くなってゆくのではない。
何か別のものに置き換わっているのだ。
〝減った分だけ、何かを生み出しているんですよ〟

工場で作業に当たっておられた方々は皆、
美しい姿をしておられました。
一心で、正確で、無駄がなく、静かでした。
小説を書いている時の自分は、
果たしてこうだろうか、
と自問せずにはいられませんでした。