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『夜と霧』の要約にもなる名言集│ヴィクトール・E・フランクル

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  1. 『夜と霧』の名言と要約がわかる。
  2. 『夜と霧』が読むべきかわかる。
  3. 名言をキッカケに本が読みたくなる。 

2万以上の名言を集め、読みたい本が見つかる名言集ブログでお馴染みの、名言紹介屋の凡夫です。

この記事は、ヴィクトール・E・フランクルの
『夜と霧』の要約にもなる名言を紹介します。紹介する名言が、作品と出会うキッカケになれば嬉しいです。

ぼんぷ
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ヴィクトール・E・フランクル『夜と霧』の要約にもなる名言集

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あらゆるものを奪われた人間に

あらゆるものを奪われた人間に
残されたたった一つのもの、
それは与えられた運命に対して
自分の態度を選ぶ自由、
自分のあり方を決める自由である。

収容所暮らしが何年も続き、

収容所暮らしが何年も続き、
あちこちたらい回しにされたあげく
一ダースもの収容所で
過ごしてきた被収容者はおおむね、
生存競争の中で良心を失い、
暴力も仲間から物を盗むことも
平気になってしまっていた。
そういう者だけが
いのちをつなぐことができたのだ。
何千もの幸運な偶然によって、
あるいはお望みなら
神の奇跡によってと言ってもいいが、
とにかく生きて帰ったわたしたちは、
みなそのことを知っている。
わたしたちはためらわずに言うことができる。
いい人は帰ってこなかった。

何人も彼の代わりに

何人も彼の代わりに
苦悩を苦しみ抜くことができないのである。

「人間」を知った。

わたしたちは、おそらくこれまでの
どの時代の人間も知らなかった
「人間」を知った。
では、この人間とはなにものか。
人間とは、人間とはなにかを
つねに決定する存在だ。
人間とは、ガス室を発明した存在だ。
しかし同時に、ガス室に入っても
毅然として祈りのことばを
口にする存在でもあるのだ。

愛は人が人として到達できる

愛は人が人として到達できる
究極にして最高のものだ、という真実。
今わたしは、人間が
詩や思想や信仰をつうじて
表明すべきこととしてきた、
究極にして最高のことの意味を会得した。
愛により、愛のなかへと救われること!
人は、この世にもはや
なにも残されていなくても、
心の奥底で愛する人の面影に思いをこらせば、
ほんのいっときにせよ
至福の境地になれるということを、
わたしは理解したのだ。

人間の苦悩は気体の塊のようなもの、

人間の苦悩は気体の塊のようなもの、
ある空間に注入された
一定量の気体のようなものだ。
空間の大きさにかかわらず、
気体は均一にいきわたる。
それと同じように、
苦悩は大きくても小さくても人間の魂に、
人間の意識にいきわたる。
人間の苦悩の「大きさ」は
とことんどうでもよく、だから逆に、
ほんの小さなことも
大きな喜びとなりうるのだ。

強制収容所での生活を送った私たちには

強制収容所での生活を送った私たちには、
忘れられない仲間がいる。
誰もが飢えと重労働に苦しむ中で、
みんなにやさしい言葉をかけて歩き、
ただでさえ少ないパンのひと切れを
身体の弱った仲間に分け与えていた人たちだ。
そうした人たちは、ほんの少数だったにせよ、
人間として最後まで持ちうる自由が何であるかを、
十分私たちに示してくれたのだ。

この涙は、苦しむ勇気を

気持ちが萎え、
ときには涙することもあった。

だが、涙を恥じることはない。
この涙は、苦しむ勇気を
持っていることの証だからだ。

いわゆる恩赦妄想

精神医学では、いわゆる恩赦妄想
という病像が知られている。
死刑を宣告された者が処刑の直前に、
土壇場で自分は恩赦されるのだ、
と空想しはじめるのだ。
それと同じで、わたしたちも
希望にしがみつき、最後の瞬間まで、
事態はそんなに悪くないだろうと信じた。

まっとうに苦しむことは、

まっとうに苦しむことは、
それだけでもう
精神的に何事かを成し遂げることだ。

人間はなにごとにも慣れる存在だ、

人間はなにごとにも慣れる存在だ、
と定義したドストエフスキーが
いかに正しかったかを思わずにはいられない。
人間はなにごとにも
慣れることができるというが、
それはほんとうか、
ほんとうならそれはどこまで可能か、
と訊かれたら、わたしは、
ほんとうだ、どこまでも可能だ、
と答えるだろう。

この不感無感は

被収容者はショックの第一段階から、
第二段階である感動の消滅段階へと移行した。
内面がじわじわと死んでいったのだ。 
感情の消滅や鈍磨、
内面の冷淡さと無関心。
これら、被収容者の心理的反応の第二段階の特徴は、
ほどなく毎日毎時殴られることにたいしても、
なにも感じなくさせた。
この不感無感は、
被収容者の心をとっさに囲う、
なくてはならない盾なのだ。

我々が人生の意味を問うのではなくて、

我々が人生の意味を問うのではなくて、
我々自身が問われたものとして
体験されるのである。
人生は我々に毎日毎時間
問いを提出し、われわれはその問いに、
詮索や口先ではなくて、
正しい行為によって
応答しなければならないのである。

感謝と関連記事の紹介

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ぼんぷ
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